Life/シニア世代とパソコンの歩み

フワッとした風のように、パソコンが家庭に入りはじめた頃のことを思い返すと、あの時代の空気って、ちょっと独特でした。

街の電気屋さんが妙にキラキラしていて、雑誌の付録CD-ROMが宝物みたいに扱われて、「未来が来たぞ」と誰もが少し浮き足立っていた、あの感じ。

そんな時代を、今のシニア世代はしっかり“現役”として通り抜けてきたわけです。

ワープロのキーを軽やかに叩いていた人もいれば、MS-DOSの黒い画面に向かって、「これで合ってるのかしら」と眉を寄せていた人もいたでしょう。
Windows95の発売日に行列に並んだ人だって、きっと少なくなかったはずです。

だから、時々耳にする「高齢者=パソコンが苦手」という図式は、なんというか、ちょっと“後から貼られたラベル”みたいなところがあるのかもしれません。 ただ、ひとつだけ言えるのは、“できない理由” を年齢にだけ結びつけてしまうと、その人が歩いてきた時間の豊かさが、ふっと見えなくなってしまうということ。


電子レンジが使えないと、ちょっと困りますよね。冷めたご飯を温められないし、牛乳もぬるいまま。
洗濯機が使えなければ、手洗いで腕がパンパンになるし、
炊飯器が使えなければ、毎日お鍋とにらめっこです。

でも、誰も「電子レンジを使えるのはスキルだ」なんて言いません。
「洗濯機が使えるのはITリテラシーだ」なんて言いません。
ただ、生活の中で自然に触れて、自然に覚えて、気づけば “使えるようになっていた” だけの話です。

パソコンも、本来はその仲間として並んでいてもおかしくない存在なんですよね。
メールを読むのも、写真を保存するのも、ネットで調べ物をするのも、そういう使い方であれば、生活の中の「ちょっと便利」を支える家電の延長線。

ところが、どういうわけかパソコンだけは
「スキル」だとか「得意・不得意」だとか、急に“能力”の棚に置かれてしまうことがある。
まるで、炊飯器のスイッチを押すのに資格がいるみたいに。

でも、パソコンが “突然シニアの前に現れた” わけではないんですよね。ただ、電子レンジや洗濯機と同じように、「必要だから触れた人」と「必要がなかったから触れなかった人」がいただけ。

使う人は使うし、使わない人は使わない。必要な人は覚えるし、必要なければ覚えない。
電子レンジと同じように、それでいいんです。

「できる・できない」は、年齢ではなく、ただの“生活の選択”のひとつ
人生の中で、どの流れに身を任せ、どの流れを見送るかなんて、誰にだって自由に選べるものです。
そう思うと、なんだか肩の力が抜けて、暮らしの中の風通しが少しよくなる気がしますね。